Re:北浦リレーションシップ90人目  農家・荻野賢二郎さん

北浦リレーションシップ90人目は、前回の㈲小野養豚の小野靖広さんからの紹介で、Iターンで埼玉から移住してこられ萩市福井上平蕨台で農業をされている荻野賢二郎さん(51歳)です。

■萩に来られたのはいつで、その敬意をお聞かせ願えますか?
-萩に移住してきたのは今から17年前の2000年8月です。Iターンで農業起業をと決めた経緯は少し長くなりますが・・・、農業への関心は小学生のころからありまして、学校田の世話係をして目覚めたって感じですかね。大学も農学部を卒業したんですが、当時埼玉では農業起業するには色々とハードルが高く、とりあえず就職したんです。初就職先は大手製パン工場だったんですが、機械で大怪我をして嫌になって転職。転職先は電子部品を作ってる会社で、仕事をしつつ「いつかは農家を」と思い、リクルート社が開く地方の企業や自治体のU・Iターン説明会などに足を運んでいました。そんな中、(広域合併前の)福栄村が農家塾を開催することを知り、父方の祖父母が萩出身で、親戚も何人か萩におられるということで、縁を感じ行ってみたのが大きなきっかけです。その後、31歳か32歳のころ、再び萩に訪れたとき福栄村の本気度を感じ、本当はもう少し歳を取ってからと思っていたのですが、若いうちにやった方が面白いかなというのと、務めてた会社の仕事が一区切りついたタイミングだったので、この際にと移住を決めました。

■実際に来てみてどうでしたか?
-福栄村だからというわけではなく、農業起業してみて、全く頭で描いたどおりにはいかない。計画通りに栽培できない。収入は安定しない。とはいえ、会社勤めが嫌でサラリーマン時代は十二指腸炎に何回もなるくらいだったので、苦労以上の充実感はありました。もちろん、サラリーマンを続けた方が経済的にも安定していて、子どもを3人育てるのも楽だったかもしれませんが、幼少期の教育がこの地でできたことは、とても良かったと思います。これはお金に代えられないものだと思います。

■今後の目標や展望、ビジョンなどがあればお教えください。
-長男、次男が進学でこの土地を離れ、あとは萩で生まれた長女が市外の高校へ進学するかどうかなんですが、嫁の両親も私の両親も埼玉にいて、特に嫁の方は、兄弟も埼玉にいないので、親のことを気にかけると、正直悩ましいです。年に1度埼玉に帰るのですが、80を過ぎた親とあと何回会うことができるのだろうかと思うと非常に辛いですね。
農業の方はというと50歳を過ぎて規模を拡大とかは考えづらいので、今できる範囲でいかに効率良くやるかを考えなくてはなりません。今でも地域の人と共同で栽培をしているのですが、合同会社を作ったほうが良いのではないかと考えるときもあります。農業は1+1が2ではなく3にも4にもなりますので、息が合い信頼し合える個人農家と一緒にやることができればと思います。

■やはり農業を営むことは大変なんですね…。最近では、農協に出さず、直接販売されてる農家も増えていますが…。
-以前は市内スーパーや道の駅などに直接卸していたこともありますが、農協さんと完璧に手を切ることはできません。また直販すると供給の責任もあり、リスクがないわけじゃありません。少数多品目で直販され上手にやっている農家さんもありますし、トマトなど比較的安定して売上げがあがる品種に絞りやる方法もあるのですが、性格的に一つのものをずっと作ることができず、色々なものを作って、それぞれに評価をいただきたいって思っています。加えて、私はあまり営業しないですし、結局どっちつかずでやってるからこうなってんだろうなと思います。

■これからIターンやUターンで農業起業しようと思っている方にアドバイスなどあればどうぞ。
-やはり一番は地域に溶け込んでいくことだとが大切だと思います。信頼してもらえたら、土地や機械などを心配してくれ、協力していただける。いかに早く地域に溶け込めるかだと思います。あと、生活は大変だってことを覚悟してこないと、現実を突きつけられ嫌になっちゃいます。良く理解せず、勢いだけでは本当に難しい世界です。

■ありがとうございました。

次回北浦リレーションシップは荻野さんから紹介で㈲石川自動車で勤められる石川淳一さんです。

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